普通の話の話。

wikipediaによるとデルポイは古代ギリシアにあった聖域で現在はデルフィと呼ばれる地方にあるそうです。古代においては「世界のへそ(中心)」であると信じられていたんですって。

あと、「デルポイの神託」というのがあって巫女が神のお告げを伝えていました。

この辺りが「へそ」たる、ゆえんでしょうか……。今では遺跡になってしまいました。

「ソクラテスより賢い人間はいない」という神託が有名なようです。そのお告げを疑ったソクラテスが当時の賢者と対決する旅に出て「無知の知」に至りました。

へー……。「無知の知」ってみんなたまに言うよね、よく知らないけど。

たぶん昔のある人たちにとっては地中海のあたりが「世界」でデルポイが「中心」なのが「普通」だったのでしょう。

なぜ今はデルポイは中心ではないのでしょうか?「世界」が広がったからでしょうか?「神託」がまずかったんだと思います。

主観で押しつけられた「普通」は受け入れがたいです。

「世界」は「環境」に置きかえることができます。ある「環境」にも「へそ」がありますが、それがどこにあるのかはなかなか分からないでしょう。「環境」の中にいる「時間」や「ひと」が刻々と変わっていくからです。カオスです(ギリシア語)。「普通」を知る手段にはどのようなものがあるでしょうか。

技術予測の手法にデルファイ法というのがあります。専門家やそのグループそれぞれにアンケートを出してかえって来たアンケート結果を添えて再びアンケートを募ります。これをくり返すと一点に集約してみえるそうです。「へそ」がみえてくるわけです。

その結果は利用価値はありますが、弱点があります。あくまで「ひとの予測」でしかない、ということです。ひとは神ではありません。「無知の知」という言葉をご存じでしょうか。

「普通」は「環境」が必ずもつものですが、捉え切ることはできません。

「普通こう思うよね?」とか「あなたの今言った「普通」ってなんなの?」とか言ってる間に変わってしまいます。主観の押し付け合いでは遺跡になってしまいます。

なので、自分を含む「環境」に敬意をもって観察しながら、ひとの話を遮らずに最後まで聴くことをやってみようと思います。

就労継続支援A型事業所(株)Grow-up 利用者 Y.I